日本ではニュースになっていないようですが、11月27日、アルバニアでマグニチュード6.4の地震が起きました。11月29日現在で、アルバニアを訪れていたコソボ人2人を含む50人が亡くなり、多数の家が倒壊するなど被害は甚大です。震源地であるドゥルス(Durrës)は、海沿いの町で私も滞在したことがあります。大きな被害に、とても心が痛みます。
諸外国からの支援もあり、救助活動は今も続けられています。今日はその救助活動について取り上げた、二つの写真付きの記事についてご紹介したいと思います。
痛みに国境はない
一つ目にご紹介する記事のタイトルには「Dhimbja nuk njeh kufij」という言葉が入っています。これは、アルバニア語のことわざで、直訳すれば「痛みは国境を知らない」、つまり「痛みに国境はない」という意味になります。
この写真に写っているのは、コソボとセルビアからそれぞれ派遣されたアルバニア人兵士とセルビア人兵士です。記事では「互いに対峙した歴史がある民族同士であろうとも、この写真は、政治や利害の外では、国籍に関係なく人間は依然として人間であることを示している」と述べられています。(出典:AlertNews.al, “Dhimbja nuk njeh kufij”, ushtari serb dhe ai kosovar japin ndihmën mes rrënojave në Durrës)
「痛みに国境はない」って、至言ですね。学生時代に教わった、「悲しみの普遍性」という言葉を思い出します。人間は、喜びよりも痛みや悲しみについて気持ちを共有することができるものかもしれません。
難民だった少年の20年後の姿
そしてもう一つ、この地震に関連した記事をご紹介したいと思います。
記事で紹介されているのは、Facebookに投稿されたある写真。左側と右側に映っているのは、実は同一人物で、アルバニアで救助活動を行なっているハサン・ムライさんです。
左側は、紛争中だった1999年に、難民としてアルバニアに入国したときのもの。右側は、それから20年経った今、コソボの特殊部隊の一員として救助のため入国したアルバニアでの写真です。
ムライさんは、自身のFacebookで、「同じ到着地。同じ目的。救いの手」という言葉を写真に添えています。(出典:Kuzhina Shqiptare, “20 vjet më parë si refugjatë në Kukës, dje në Thumanë si polic i Kosovës”)
20年前に助けを求めて難民となった少年が、今や成長して誰かを助ける側として同じ地を訪れていると思うと、感慨深いものがあります。
今日は、アルバニアの地震をめぐる二つの記事についてご紹介しました。
一日も早く全ての行方不明者が見つかりますように。