コソボの刑務所が観光客に開放される!?

アルビン・クルティについて書こうと思ってたらもう首相じゃなくなっちゃったよ…。コソボの政治は相変わらず本当に不安定ですね。

でもアルビンはものすごく興味深い人物なので、いつか書きたいんです。かなり人気があるので、書くころにまた首相になってるかも…。

さて、今日は、コソボの刑務所が博物館に生まれ変わっちゃったというニュースをご紹介したいと思います!

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悪名高きプリシュティナ刑務所

この刑務所は首都プリシュティナにあるんですが、コソボがまだユーゴスラビアだった時代、1951年に建設されました。政治犯を収容するのに使われており、拷問が日常的に行われる、ユーゴの中でも最も悪名高い刑務所の一つだったそうです。

紛争前、何千人ものコソボのアルバニア人住民が反体制派として逮捕され、政治犯としてプリシュティナ刑務所に収容されたとか。捕まって拷問を受けた人の中には女性や若者(高校生まで!)もおり、拷問による痛みに耐えきれず、亡くなった人もいるそうです。

それから長い年月を経て、コソボ紛争が終わってからも通常の刑務所として機能し続け、2016年に閉鎖されたのですが、ここ、私の知人たちも収容されたことがあるんですよね。

聞いてみると、そもそも刑務所の環境が本当に悪く、どの部屋にも窓がなく、陽の光が入らない作りになっているので、頭がおかしくなりそうになるとのこと。窓がないって相当精神的なダメージになりそうで、考えただけで恐ろしいです…。

紛争と犯罪の関係

ちょっとここで話は逸れますが、コソボの一定の年齢以上の人の刑務所への収監率って日本と比べるとかなり高い気がします。「刑務所に入ったことある」とか日本で言うとドン引きされると思いますが、コソボだと、あの人もこの人も…とありふれすぎて、私はちょっとやそっとじゃ驚かなくなりました…。

もちろん、犯罪紛争前に政治犯として逮捕された人も数多いですし、紛戦後間もない時期は、今では考えられないくらい人々が荒れていたそうで、町中の至るところで激しい喧嘩が繰り広げられて、逮捕される人がたくさんいたと聞きます。

何も知らずに平和に暮らしていると、戦争が終わったイコール「すぐ平和になったね、良かったね!」と思ってしまいがちですが、実際は違うんですよね。破壊された家とか、なくなってしまった命のように、外部の人間に分かりやすい喪失もさることながら、コソボの人たちは、外からは見えない大きな傷を抱えて生きてきたんだなあと思います。

もちろんこれってコソボに限った話じゃないはずで、世界中のどこでも、戦争って本当にいろんなものを破壊して、終結後も生活の再建にも多大なる影響を及ぼすものだと思います。戦争は人の内面を壊してしまうものだからです。犯罪行為は当然ダメなことですが、暴力によってねじ伏せられ続けた人たちが犯罪に走るようになってしまうのは、私たちが考えるよりずっと簡単だと思います。

博物館のアイディアは政治犯協会発

この刑務所、街のほんとに真ん中にあるんですよね。大通り沿いで、同じ並びにカフェとか服屋とかズラって並んでます。閉鎖される前でしたが、私も門の前を通ったことがあります。こんなに中心部にあるんだ!?とびっくりします。

つまりアクセスは抜群で、こういう歴史を学ぶのは大事なことなので、博物館にしたのはいいアイディアだと思います。

このアイディア自体は、コソボ政治犯協会から出たものだそうです。協会長であるヒュダイェット・ヒュセニは、博物館は「数千人もの収監者たちの被害とセルビア政権との闘いの記録と記憶」という明確な目的を持つべきだと話しています。

コソボの開放と自由化記念日にオープンする意味

ちょっと気になるのが、悪名高いセルビア人「アレクサンドル・ランコヴィッチ」がこの刑務所の建設と拷問に深く関わっているらしいということ。この人、ユーゴスラビア(共産主義時代)の秘密警察のトップを勤めた人物で、コソボのアルバニア人への迫害で有名なんです。多くの人が、ランコヴィッチの指揮の下、裁判を経ることなく刑務所に入れられ、数千人の処刑が行われたとか。

とっくの昔に亡くなっているのに、コソボ紛争前に一部のセルビア人がランコヴィッチの墓参りするなど、コソボにおけるナショナリズムの高揚に一役買っているんですよね。

コソボのそれぞれの民族のナショナリズムの研究をしていた私としては、ランコヴィッチという名前を聞いてしまうと、どうしても過敏に反応してしまいます。

刑務所が博物館としてデビューしたのは2020年6月12日。コソボの「開放と自由化」(つまり、コソボ紛争の終結)21周年記念日です。あえてこの日にしたことを考えると、かなり思いが込められているように感じますよね。

コソボにおけるアルバニア系政治犯がコソボの独立と密接な関係があるのは当然なのですが、この博物館は、その性質上、民族の象徴になりかねないものでもあると思います。

すべての人が学べるような場所になってほしい

なので、展示の仕方も大事だなと思います。セルビア政権に迫害され、抑圧されたアルバニア人のことを軽視してはならないし、その事実と経緯はきちんと学ぶ必要があります。ただ、誰のための博物館なのかというと、まずやはり次世代のため、戦争を知らない人たちのためのものであるべきで、二度と同じ過ちを繰り返さないためにこの博物館で歴史を学ぶことに意義があると思うんです。

コソボの文化省副大臣は、「この博物館は、自由と民主主義の名の下の抵抗を象徴し、絶え間ない抑圧の日々に命を危険にさらしたすべての人々に捧げられるものとなるだろう。」と語っています。

確かにそういった側面もあるだろうと思います。私も、自らを危険に晒しながらも思いを貫く強さを尊敬します。そして、政治的主張を理由に投獄され、拷問を受けた人々に寄り添いたいです。

しかし、この博物館はその人たちを英雄として称えることを第一の目的とすべきではないとも思います。排他的な主義主張のために都合よく利用されてしまわないよう、すべての人が広く学べる場所になってほしいです。

どんな展示がなされるのか、今後に期待

コソボの文化省によると、博物館のさらなる展開のため、コソボ歴史学会とプリシュティナ大学の歴史学科、近日中に設立される戦争犯罪調査研究所、それから国際的な専門コンサルタントが協働していくとのこと。どのような展示の仕方をするのかは非常に興味深いですね。

今度コソボに行ったら、ぜひ訪れたいと思っています。行ってみたらまたレポートしますね!

※今回、関係者の発言など、こちらの記事から引用しています。

BIRN, “Kosovo to Transform Jail for Political Prisoners into Museum”