一昨日、なんとも感情が揺さぶられるニュースが飛び込んできました。ハシム・サチが大統領職を辞任すると表明したのです。戦争犯罪を裁くコソボ特別法廷において起訴されることが確定したことが理由です。先日、サチ起訴についての記事を書いていましたが、私のリサーチ不足もあって情報不足な内容となっていました。すみません…。
あの記事を書いた6月の段階で、コソボ特別法廷から出された発表は「サチが起訴された」というものではなく、「サチを起訴する見込み」という内容のものでした。
サチは自ら辞職し、ハーグへ
起訴について発表されてから数か月がたち、サチが現職の大統領として逮捕されることになるのか気になっていましたが、結局サチは自ら辞職して特別法廷のあるハーグへ行くことを決めました。サチの決断の少し前に、元コソボ解放軍広報担当でありコソボの国会議長を務めたヤクップ・クラスニチ(Jakup Krasniqi)の逮捕とハーグへの送還があったので、それも影響しているのかもしれません。
また、サチだけではなく、同様の戦争犯罪で起訴される見込みであったカドリ・ヴェセリらも自らハーグへ赴く旨を表明しています。逮捕されるのが嫌なんでしょうね…。
気になるコソボ国民の反応は…
今回のサチの辞任と起訴について、コソボの人たちはどんな反応をしているのでしょうか。現地にいないので実際の空気感はわかりませんが、法廷が6月に起訴について発表した後、コソボでは、起訴に反対する特大ポスターが掲示されたりしているようです(上の写真の左がサチ、右がヴェセリ。「戦争と平和の英雄」と書かれている)。
サチの所属する政党であるPDK(コソボ民主党)は、元コソボ解放軍を政治母体としており、サチらを戦争の英雄だと考える人も一定数いるんですね。もちろん、ポスターが貼られているから、みんながサチの起訴に反対しているというわけではありません。戦争を経験した人にとっては、かなり複雑な心境もあるでしょうし、様々な考えがあると思います。
サチが犯したとされる罪って、マイノリティであるセルビア人やロマの殺害や拷問もあるのですが、自民族であるアルバニア人の政敵らに対する殺人や拷問も指摘されているのです。犯した罪の重さは、その対象によって変わるべきことではありませんが、それぞれの人の受け止め方は異なります。コソボ解放軍を絶対的に信じている人でも、サチをかばいたい気持ちになる人もいれば、同胞の殺害に関与したことを許せない人もいるでしょう。
最近の選挙で最も多くの票を集めている党であるVV(ヴェトヴェンドスイェ、直訳だと「自己決定」という意味で、アルバニアンナショナリスト的な価値観だと思われる)は、サチらを断罪して既存の政治にノーをつきつける形で支持を得ているので、多くの国民はサチを評価していないのではないかと思うのですが。
私の夫は、サチが大統領を辞めてハーグに行くことが報道されたのを見て、「ああ、これで本当にコソボ紛争が終わる」と言っていました。紛争を経験して、紛争後も汚職まみれの政治を目の当たりにして、本当に戦争犯罪が裁かれるのか懐疑的になっていた様子を見てきたので、その一言に泣きたくなりました。
罪がきちんと裁かれますように
戦争中、そして戦争後に何があったのか、どんな犯罪が行われたのかを明らかにして、それぞれの罪が裁かれることは、民族和解や政治不信の払拭のための重要なプロセスです。だから、戦争が終わったから「はい、おしまい」ではなくて、戦争犯罪はできる限りきちんと裁かれてほしいと思います。サチらが行っていたとされる法廷への妨害行為が実を結ばなくてよかった…。あとは、懸念されている証言者への脅迫や迫害がないことを強く祈ります。